無題
患者さんの体験記


【匿名】

 グラリ、体が動かないのは道理、家の揺れにつれて、自分の体が動いているのだから、自分の意志で、動かすどころではない。
  揺れが止まった瞬間思ったのは、手足が動くのでこれは無事だ。次に頭にひらめいたのは、明かりが肝心だと気づく。そう頭に描きながら咄嗟に、日頃履き慣れたスリッパを履いた。廊下に出た、何かにつまずいたけれど、暗くて分からない、そのまま階下に降りた。主人は動くな動くな、と叫んでいるのだが、いつもの私に似ず、無我夢中で歩いていく。懐中電灯を見つけた。懐中電灯の明かりが一条暗闇をサッと掃いた「アララーなんと」きちんとおさまっていた物が無残にも散乱している。後で気がついたのだが、二階から降りる時つまずいたのは、大きなガラスの破片であった。
 足が無事であったのは、無意識に履いた、はきなれたスリッパのおかげである。
 日頃何気なくしている行動のおかげが、咄嗟の時役立った。
 思いがけない時に思いがけない所で災難というものは起るからこそ災難である。
 起ってしまった災難と最小限のリスクで留めるように後始末を上手にするためには、前述のなにげなく履いたスリッパのような要領で、備えておくことが大切ではないか。

 

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阪神大震災報告 (c)1995医療法人平生会 宮本クリニック