【4】−1 水
水の確保は大阪へ透析依頼し患者の搬送をどうするかという課題と並んで最もエネルギーを要した問題であった。当院では従来6屯の貯水タンクを設置していたが、昨夏の異常渇水を教訓として秋には更に5屯の補助タンクを増設、接続していた。貯水槽から3Fの機械室までの給水は、屋上に高架水槽をおかず、ポンプで地上から直接送水していた。今回の震災でタンクは傾いたが、漏水はまぬ
がれた。
(1)まず給水パイプを止めること。
私がかけつけたとき、建物は無事であったが下駄箱や本棚をはじめ、室内、廊下のあらゆる備品は倒れたり中身が飛散して足の踏み場もない状態であった。特に透析液供給装置のある器械室は前の廊下に積んであった透析原液の箱が倒れて山積みとなっていて、それを乗り越えていかなければ室に入れない状態であり、迂闊にもすぐに器械室へは行かず、臨床工学士が来たAM7:30まで放置していた。
そして配管がバラバラに折れ、水道管から水が出っぱなしとなり、床上10cmまで浸水しているのをその時点で知ったのである。ただちに手前の給水管の栓を閉鎖した。地震から約二時間の間に、貯水タンクの水は11屯から、4屯前後に減少していた。私が来院時(AM6:40)に処置すれば、貯水タンクの水はもっと多く残されていたはずである。それどころか、約一時間は停電しており、その間揚水ポンプは動いておらず、貯水タンクはそのまま11屯残っていた可能性が高い。
あとから見ると折れる配管部位は、あらかじめ予想できる。水道管は、器械室へ入るまでは金属管であるが、室に入ると塩化ビニール管となり、軟水・RO水装置へ通
じ、その後透析液供給装置へと続いている。軟水・RO水装置BX2U(ダイセル)は縦182cm×横181cm奥行き×88.5cmで、重さは400kg(RO水を含む)あるがこれは床置で固定していなかったので約40〜50cm移動しており、その為前後の塩化ビニール管の配管がバラバラになったのである。金属管の部位
は多少ゆがんだり、接続部位がゆるんだりしていたが、決定的な損傷は受けていなかった。(あとがき2参照)
同じ状態は他施設でも共通に起こっている。それ故、大地震が起こった時、診療所へ最初にかけつけたスタッフは、まず器械室へ行き、水の配管が破損していないかを調べ、破管していれば、器械室入口の栓を閉めるべきである。
(2)水道管修理業者を徒歩圏内に確保しておくこと。
AM8:00頃、配管修理を建設当初器械室の配管をしてくれた大阪の業者(ミクニキカイ株)に依頼した。AM9:00に出発してくれたが、大渋滞の為、いつもなら1時間で来れるところ、6時間かかり、到着したのはPM3:00であった。この6時間の待ち時間が、後に大きなロスとしていろいろなことに影響した。
復旧作業は5時間かかり、供給装置の無事を確認して透析を再開できたのはPM8時であった。もし待ち時間のロスがなければPM3:00には透析ができたはずである。
塩化ビニール管の配管は、透析を知っている専門業者でなくても、配管業者であればできうる。もちろんその為には、臨床工学士が配管の構造を熟知していなければならない。あとから知ったことだが、当院の患者の夫が水道配管業をしていることが分かった。常日頃よりそのような役立つ情報を知っておくことが肝要である。
もし完璧を期するのなら、あらかじめホースか塩化ビニール管を用意しておき、いざという時に臨床工学士が自ら修理するのがベストであろう。
(3)透析には多量の水が必要であることを水道局に周知しておいてもらう。
給水車を、水道局に依頼したときは「病院でもないのに、なぜそんなに水がいるの。皆が水がなくて困っているのに、あつかましい。」という意味の事を言われた。
4〜5日後には医師会が透析には多量の水が必要であることを市の対策本部へ要請してくれ、又、中央からの指示もあり担当者は理解してくれたようであった。同時に他府県の給水車の応援が始まり、水道局との緊張したやりとりは少なくなった。
もし当初から水の補給に心配がなければ大阪へ依頼する透析患者も大幅に少なくてすみ、患者に過酷な通
院をさせなくてよかった。又、神戸からの患者も引き受けることができたはずである。此度の震災に対する、公共機関の学習や報道による認識の深まりにより、今後はより迅速な対応がなされるとは思われるが、都道府県単位
でもう一度確認しておく方がよいと思われる。
(4)給水車を提供してくれる民間施設をあらかじめ確保しておくこと。
人口43万人の西宮市に水道局の給水車は2台しかない。(渇水時にしか使わないからである。)震災直後、他府県の応援が来るまでは、水道局の水だけに頼る事は絶対的に無理な状況であった。当地は灘酒郷の造り酒屋が多く、まず酒造会社に酒を運ぶタンクローリーがあるのではないかと考え、知り合いの「白鷹酒造株」に依頼した。社長はその場で協力を約束してくれたが、運搬車は桶を積んで運ぶ方式であった。水の出し入れに難があり、どうしようか困っていたが、社長がアサヒビール西宮工場長に頼んでくれ、翌18日から、ビール運搬車による給水を開始してくれた。この事により私は精神的にもうんと楽になり、今後何人位
までなら自院で透析可能で、大阪へは何人行ってもらえば良いかという計画が立てられるようになった。又、当院ビル建設施工会社である「松村組」にも依頼したところ26日から給水を始めてくれた。
両者共、後に御礼にうかがった際、必要経費を支払おうとしても、ボランティアだということで受けとって頂けなかった。アサヒビール株は避難所への給水や工場前での水の配給も行っており、工場長の話では震災前より、既に震災時の対応マニュアルを作っていて、しかも、その中に周囲の住民へのボランティア活動も含まれていたとの事だった。震災直後の公共機関が動さ出すまでの間、及びその後、それを補佐するものとして民間会社が大きな役割を果
たす力があることをつぶさに知った。ボランティアではないが、運送会社の中にはタンクローリー車を持っている会社もあるので、あらかじめ把握しておけばいざというとき、安心である。
(5)給水車から貯水槽への給水ホースとモーターは自院で購入しておくこと。
水道局からの給水車でも応援に来てくれた各県の水道局によってホースの規格が違い、前の給水車が置いていったホースでは次の給水車には合わないという事態が起こった。(給水車は必ずしも自車のホースを持っていない事もある。)あわてて自前で、ホースとポンプを購入した。水道局の給水車のホースより一回り細い(直径4cm)ので時間はかかるが、どの給水車にも対応できるし、本格的な給水車でなくてもたとえポリタンクや桶であっても吸い上げることができ、便利である。値段は4.8万円であった。これはミクニキカイ株に手配してもらった。
(6)地上又は、地下の貯水槽は絶対必要。揚水は高架水槽に頼らない方が良い。
地上又は、地下に貯水槽を持たず、水道元管の水圧で揚水しているビルは、震災に遭うとまったく対応できなくなる。給水してもらった水をためる場所もなく又、機械室へ送り出す水圧も作り出せないからである。神戸市では4階、西宮市では2階までは、水道元管の水圧で揚水できるとの事で、これは各市町村により違うそうであるが、もし自院がそのような元管の水圧で揚水してるならば、震災時は全くお手上げであることを知っておかなければならない。貯水槽は絶対必要である。
今回の震災時多くのビルの高架水槽(屋上の給水タンク)が転落破損した。
その為、ビル内が水びたしとなる被害が続出し、修理には早くても数日を要したと思われる。雑居ビルのクリニックでは、ビルの地下や地上に貯水槽があるのなら高架水槽に頼らずに、自院だけ直接貯水槽からパイプを引きポンプで揚水するのが賢明と思われる。当院では2.5kg/cm2のポンプで3階まで揚水していた。
ポンプの力をあげればもっと高い階まで揚水できるとの事である。
(7)今後の対策
当院の今後の対策として現在以下の3つの方法検討中である。
1. 井戸を掘る。
2. RO水精製時の廃棄水を再利用する。
3. 貯水タンクを増設する。
1 が災害時において最も確実な方法である。
しかし、イ 発掘・設備費が高い(直径25cm・探さ60m濾過・消毒装置付で約700万円)ロ 西宮地区は鉄・マンガンの含有量
が多い事、がネックである。水道局資料によると西宮市内13ケ所の浅井戸・深井戸調査にて、健康に関する29項目、水道水が有すべき性状に関連する17項目の中、鉄・マンガン以外はすべてクリアしている。鉄は最高7.8mg/l(水道水基準0.3mg/l以下)、マンガンは最高0.41mg/l(水道水基準0.05mg/l以下)を示す場所がある。しかしこの件は軟水装置前にフィルターをつければ解決できそうである。
2 は水を大切に使う意味で有意義である。
しかし、既設の建物では配管変更が技術上困難で多額の経費を要する。 透析供給装置への配管とその他の配管の2系列に分け、廃棄水を貯めるタンクと揚水するポンプを設置するだけで約580万円かかる。実際は飲料水として廃棄水を使用することはできないので、トイレの配管と別
にならざるをえず、工事費は飛躍的に高くなると考えられ、現実性がない。新規に配管する施設では試みられてはと思われる。断水の際トイレで流す水は馬鹿にできない量
である。
3 は渇水対策として意味があるが、地震時に役立つかは疑問である。
タンクとタンクの間の連結部がやられると使用不可能におちいるからである。当院のタンクは耐震用であったにもかかわらず主タンクは傾いたが、横の非常階段にもたれたので副タンクとの連結部の破損は免れた。
震度7の激震はもう来ない(来ても震度5)と考えるなら・は最も安価であり、安易な対策法である。(5屯タンク増設費約180万円)
宮本クリニック受水槽給水状況(震災時より2/13迄)
【4】−2 電気
(1)発電機の調達
電気は当院においては幸い一時間で復旧したので実質的被害はほとんどなかった。
神戸地区の一部では数日に渡って停電が続いたとの事で苦労は大変だったと思われる。透析施設で最も致命的なライフラインの停止は電気である。水は給水車でまかなえるし、ガスの大部分は他のエネルギーで代用できる。しかし電気の補給は非常時では発電機でしか供給できず、透析を回すだけの発電機の調達は極めて困難である。もちろん通
常の自家発電装置では用を足さない。後に関西電力に問い合わせたところ発電機はとても貸すことができないとの事であった。発電機を借りられそうなのは1レンタル会社(例:ニッケン)2被災地域でない地方の電力会社(近畿地方なら、中国電力、四国電力、中部電力)などである。
さがせば他部門でもありそうである。神戸の友人のサテライトでは造船会社の発電機を借りたという。銀行オンラインのメンテナンス会社も持っているし、建設会社も持っているが、震災時には自社の需要がひっ迫していて貸してもらえる可能性は低いと思われる。
(2)自家発電装置の設置
当院の自家発電装置は19KVAで最低の照明とコンソール44台分の血液ポンプを2時間まわせることができる。被災当日も作動したし、約1ケ月後に起こった30分の大規模停電時、夜間透析中であったが難なきを得た。しかし、本格的な長期停電に対しては無力である。それでは透析を続けるには何KVAの自家発電装置が必要であろうか。
RO装置43KVAをはずして考えると、供給装置20人用1台18KVA、コンソール20台20KVAで、計38KVAとなり、それに照明に必要な電力を加えると最低約45KVAあれば良いと考えられる。20台の透析器が動けば1日4クールで80人、総数160人までの透析が可能である。この程度の自家発電装置は500万円程度で設置可能である。
自家発電装置
(取付工事別)
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定 価
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重 量
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45KVA
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550万円
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900kg
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60KVA
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610万円
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1,280kg
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80KVA
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810万円
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1,350kg
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【4】−3 ガス
ガスの復旧は4月3日でライフラインの中では一番遅かった。ガス停止で一番困ったのは院内空調が停止したことであった。余震を恐れて電気ストーブをかき集めて対応しようとしたが、ぜんぜん温まらず、一週間後に石油ストーブに切り換えた。石油ストーブは対流式(昔使用していた円筒型)が一番暖房能力に優れていた。その他、透析中こむらがえり予防等に使用するホットパックが大量
に作成できず、患者さんに電気カイロを自宅から持ってきてもらった。シャント手術の時、凍えるような冷たさに耐え、手洗いをしなければならなかった。しかし、透析施設におけるガス停止は電気や水に対し、受けるダメージは比較にならない程少なかった。そして復旧で一番うれしかったのは自宅でのびのびと入浴できることであった。
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